看護師は幼いころからのあこがれ
看護師になろうと決めたのは、幼稚園に入る前のこと。3歳のころに1か月ほど入院した私は、寂しさや不安を和らげてくれた看護婦さんにあこがれて「おおきくなったら、かんごふさんになりたい」と思うようになりました。その思いは揺らぐことなく、高校生の時に看護体験に参加。白衣に腕を通した時には「絶対看護師になる!」と決意しました。
看護学生の時に実習で、他の学生がターミナルの患者さんを受け持っていたのですが、その学生は家族の一員であるかのごとく、患者さんやご家族に深く入り込んでケアをしていました。その姿は衝撃的で「いつかこんなケアができたらいいな…」と思い「ターミナルケアを極める」というのが私の将来の目標になりました。
生活の場でターミナルケアを極めたくて
まずは看護技術を磨くことが必要だと考え、卒後は急性期病院に就職しました。脳卒中の患者さんを受け入れる病棟で勤務するなかで、命を救い、急性期のリハビリを終えた患者さんのその先が知りたくて、老健施設に転職。その後、地域の急性期病院を経験し、療養型の病院で勤務もしました。
いろんな看護を経験しましたが、“医療の場”での看護では、やりがいとともに限界も実感し、私は将来“生活の場”で看護していこう、生活の場でターミナルケアを極めていこうという気持ちになっていきました。
特養で看取りを始める
そして特別養護老人ホームに就職したのですが、入職当時は、入居者さんが老衰で状態が悪くなったら病院に搬送するのが常でした。病院というのは、命を救うことが最大の使命です。そんな医療の場で、ベッド上で生かされていく患者さんを見て「これがこの人の望む最期の生き方なのか?」と疑問を持つようになりました。そして「特養で看取りを始めたいと思ったのです。
最初は「こんな状態で病院に行かなくていいのか?」と疑問視する職員も多かったのですが、家族を含めたチームで、静かに命を終えてゆくきれいな最期を共有し、特養で看取りができるようになりました。
「タイムリーに伝え、すぐ動く!」をモットーに
そろそろ自分の目標に向かいたいと思った私は、訪問看護にチャレンジしようと考えました。また、同じ思いを持つ看護師たちと一緒に目標を追いかけたいとも思いました。
ななーる訪問看護ステーションのことは、開設当初からホームページをチェックしていたのですが、スタッフの思いが伝わるメッセージに惹かれ「いつか、キラキラ輝くここのスタッフの仲間になりたい」と思っていました。訪問看護をするならココだ!と決めていました。
仲間になれた今、利用者さんの望みや願いを伺い、それをスタッフやご家族に伝え、みんなの手でその実現を支えたいと願っています。「タイムリーに伝え、すぐ動く!」をモットーにしていきたいですね。
訪問看護を始めて感じるのは、利用者さんの思いがストレートに伝わってくるということ。「利用者さんの笑顔で、自分の心も豊かになれる」「訪問看護って楽しい!!」今は、そんな思いでいっぱいです。
藤澤佳代(看護師)
ナラティブに戻る