病める人を一番近くで支える“看護師”として
「これからは、女性も自分の力で身を立てられるようにならなければいけない」というのは、中学時代に母からもらった言葉でした。その言葉の意味があまり実感できないままに、資格の取得を検討しました。もともと人の健康に興味があったので、進路を選択するときには、病める人を一番近くで支えることができる“看護師”という職業を選びました。
学生時代や新人の頃は、時間があればベッドサイドに行き、患者さんのこれまでの人生やご自身の病気の受け止め方、ご家族への思い等、何時間でも聴かせていただきました。当時は技術が未熟で、患者さんの話を聴くことしかできない自分に「何もできない」という感情を持ったものです。そして年数を重ねるたびに、看護の技術には長けてきて「出来るようになった」という自信が持てるようになりました。しかしその反面で、患者さんの思いに真っすぐに向き合う時間が少なくなっていったように思います。
「自分はどう生きたいか」を考える社会に
看護学生の時、治すことが出来ない病気や障害を抱えて退院される患者さんと接している中で、「これからどうやって生活されるんだろう?」「どんなサポートがあれば、その人らしく生きられるんだろう?」と何度も思いました。振り返ると、その時から私は、急性期の看護よりも、慢性期~終末期の看護に興味を持っていたようです。また看護師になってからは、多くの患者さんが、自分の大切な命にかかわる大きな決断を医師に委ねるだけで、過剰な期待を寄せることに疑問を感じるようになりました。
人はもっと「自分はどう生きたいか」を日頃から考え、医療者に主張すべきであり、それをサポートするのが看護師の役割だと思います。医療の知識と生活を見守る眼を持っている看護師が、患者さん一人一人が望む「生き方」そして「最期の迎え方」を整理し、その人に必要な医療をアドバイスする役割を持っているはずです。でもそれが出来ていない現実を見て純粋に「何とかしたい」と思うようになりました。「自分はこう生きたい」と語りあえる社会をつくりたいと思ったのです。施設看護でそれを実践するのは困難だと感じた私は、次第に訪問看護に興味を持つようになりました。
訪問看護は看護の本質だと思う
「訪問看護がしたいな…」とぼんやり思っていた時に、ななーる訪問看護ステーションの存在を知りました。最初に感じたのは「他とは違う何かがある!」というインスピレーション。所長とお話をして「一歩先を見ている」という印象を強く受けました。
就職して驚いたのは、業務やスキルの話よりも、時間をかけてこれまでの経験や看護について話し合ったことです。スタッフの個性を惹きだして、やりたいことにチャレンジさせてくれようとするスタイルに感激しました。
そして訪問看護を始めて感じるのは、医療データがほとんどない中で、その人の体調を察知し、必要なケアを導き、提供するためには、深い観察力が求められるということです。病棟経験で培った医学モデルで人を診る眼を一旦捨てて、目の前の「その人」を素のままに、深く観るのが訪問看護。その姿勢はまさに新人時代の私そのものであり、これこそが看護の本質だったと気づきました。
私はこれから訪問看護を通して利用者さんがこれまで生きてこられた「ものがたり」に触れながら、人々が望む生き方・最期の過ごし方を考えるときの〝道しるべ〟のようなものを創造したいと思っています。接点のない人と人とを「ものがたり」を介して繋ぎ、その人らしく「活きる」ことを勇気づけていけるような存在になれたら嬉しいです。